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浦和地方裁判所 平成10年(ワ)709号 判決 2000年3月17日

原告

川村昇

右訴訟代理人弁護士

柳重雄

(他四名)

被告

学校法人開智学園

右代表者理事

青木徹

右訴訟代理人弁護士

八代徹也

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の申立て

一  原告

1  原告が被告の教職員として雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、平成九年四月以降、毎月二五日限り二八万九三七六円を、毎年六月一五日限り五二万九一五二円を、毎年一二月一〇日限り七三万〇九九五円を、毎年三月一五日限り二一万二二八八円をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2項につき仮執行宣言

二  被告

1  本案前の答弁

原告の申立て1項に係る訴えを却下する。

2  本案の答弁

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、被告との間で繰り返して締結されてきた期間一年の雇用契約を雇用期間の満了によって終了させ、以後、雇用契約を更新しないこと、いわゆる雇止めについては解雇に関する法理が適用ないし類推適用されることを前提に、被告の雇止めは何ら合理的な理由が存在せず、解雇権の濫用に当たり無効であると主張して、被告の教職員として雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、その雇止めの通知以後の未払賃金・賞与の支払を求めている事案である。

二  前提となる事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠(以下の括弧内に挙示するほか、書証略)及び弁論の全趣旨によって認めることができ、この認定を妨げる証拠はない。

1  被告の学校経営及びその教職員等

(一) 被告は、教育基本法、学校教育法及び私立学校法に従い、学校教育を行うことを目的として設立された学校法人であり、その肩書所在地において、埼玉第一高等学校(ただし、平成一一年四月一日以降の名称は開智高等学校である。以下「被告高校」という)、開智中学校を設置し、経営している。

(二) 被告高校の教員には、専任教諭、常勤講師(ただし、平成六年三月までの呼称は「専任講師」であるが、以下、その前後を通じ、「常勤講師」という)、非常勤講師の三種類があり、それぞれ、就業規則(書証略)、専任講師服務規程(書証略)、常勤講師勤務規程(書証略)及び非常勤講師勤務規程(書証略)が定められている。そして、非常勤講師勤務規定二条三項には、「雇用期間が満了したときに当然退職する」との記載があるのに対し、専任講師服務規程二条及び常勤講師勤務規定二条には、「状況により雇用を継続・更新することもある」との記載がある。

(三) 大屋秀一は、平成元年当時、被告高校の事務長を務め、原告を被告高校の教員として採用する際に関係しており、その後、被告高校の理事となった者である(以下、その前後を通じ、「大屋理事」という)。

(四) 小出勇吉は、平成六年四月一日から平成一一年三月末日までの間、被告高校の校長を務めていた者である。

(五) 古賀久盛は、平成六年当時、被告学校の理事で、被告高校の教職員組合との団体交渉に当たっていた者の一人である。

2  原告と被告との間の雇用契約

(一) 原告は、平成元年四月、平成元年度(平成元年四月一日から平成二年三月三一日まで)の被告高校の国語科の非常勤講師として採用され、右契約は平成二年四月に更新されたが、平成三年四月には、被告高校の国語科の常勤講師として採用され、右契約は平成八年度までの間、一年毎に更新された。

(二) 原告は、採用及び契約更新の際、当該契約が期限付きのものであり、その期間を当該契約の日から翌年三月三一日までとする旨の約定が記載された非常勤講師契約書(書証略)ないし常勤講師契約書(書証略)に署名押印し、被告に提出している。

(三) 原告は、平成六年一二月には中学家庭科二種免許を、平成八年三月には高校家庭科教員免許を取得し、平成七年度及び平成八年度は、被告高校の家庭科の常勤講師を兼任した。

(四) 被告は、平成九年一月二七日、原告に対し、同年三月三一日の平成八年度の雇用期間の満了をもって、平成九年度の雇用契約を更新しない旨(以下「本件雇止め」という)を通知した。

3  平成九年度における被告高校の生徒数の変化

(一) 被告高校の定員は、一学年五〇〇名であるが、平成六年度は、その二倍近い大量入学があったため、平成八年度には、平成六年度に入学した生徒九二七名が卒業したのに対し、平成九年度に入学した生徒が四六七名であったことなどから、全校生徒数が四七六名減少した。

(二) そして、平成九年度は、国語科では、教諭二名が同年四月に開校する開智中学校に異動となり、原告を含む常勤講師三名が雇止めに、内一名が非常勤講師となり、非常勤講師一名が雇止めとなった。

4  被告が原告に支給していた賃金及び賞与

(一) 被告は、原告に対し、平成九年三月当時、毎月、基本給二五万四四〇〇円、職務調整額一万〇一七六円、職務手当三〇〇〇円、住居手当一万八〇〇〇円、通勤手当三八〇〇円の合計二八万九三七六円を支給していた。

(二) また、被告は、被告の教職員に対し、毎年三月、六月及び一二月の三回、賞与を支給しており、原告に対しては、平成八年六月一五日に五二万九一五二円、一二月一〇日に七三万〇九九五円、平成九年三月一五日に二一万二二八八円の賞与を支給していた。

三  本件訴訟における争点

1  本件訴えの適否

被告は、本案前の答弁として、原告の申立て1項に係る訴えの却下を求めるが、その理由は、被告高校では、教員に専任教諭・常勤講師・非常勤講師という三種類の身分があり、それらは全く異なるものであるから、そのいずれであるかを具体的に特定しない原告の申立て1項に係る訴えは、不適法であるというのである。

2  本件に関する第一の争点は、平成元年度に採用されて平成八年度まで更新されてきた原告と被告との間の雇用契約が期間の定めのない契約の実質を有し、あるいは、原告が期間満了後の雇用の継続を期待することに合理性が認められ、本件雇止めに解雇の法理が適用ないし類推適用されるか否かであるが、この点に関する当事者双方の主張の要旨は、次のとおりである。

(原告)

(一) 被告の大屋理事は、原告との間で、雇用契約を締結する際、今回は非常勤講師だが、二年したら常勤講師、その後も誠実に勤務すれば二年くらいで、空きができ次第教諭にすることを約束し、その後も、次年度の雇用契約を更新するたびに右の約束を確認し、実際に被告高校に採用されてから二年で専任講師になった後も、一五〇〇人(一学年五〇〇名)体制を維持している間は辞めさせることはない等、雇用の継続を期待させるような説明を繰り返した。また、被告の古賀理事も、被告高校の教職員組合との団体交渉の場において、二年以上の常勤講師に継続雇用を求める権限があると発言していた。

(二) 被告は、原告との間で、採用後七回にわたって間断なく雇用契約を更新しており、更新の際には、その担当者において、契約書の期間が形式的なものであり、更新が慣例的なものであることを説明していた。

(三) 原告は、平成三年四月以後、常勤講師として、専任教諭と全く差異のない持ち時間数により教科指導や校務分掌を担当し、給与等についても、専任教諭と同様の待遇を受けており、専任教諭との差異は、クラス担任に就けないこと、校務分掌と部活動顧問の双方の担当を義務づけられていなこと等、ごくわずかな点にすぎなかった。

(四) 原告と同様に平成五年度以前に採用された常勤講師についても、雇用契約が慣例的に更新されており、雇止めにより退職した者はない。また、平成元年以後教諭として採用された者三二名のうち、当初から教諭として採用された者は四名のみであり、その余はすべて、原告と同様に非常勤講師ないし常勤講師を経て専任教諭に採用されている。

(五) 以上のような被告の原告に対する一連の言動、更新の回数、態様、原告の職務内容、被告における教員採用の実態などを併せて考慮すれば、原告は、被告から継続して雇用されることにつき、強固な客観的合理的期待を抱くに至っていたことが明らかであり、原告と被告との間の各年度の雇用契約における一年という期間の定めは全く形式的なものにすぎず、当該雇用契約は、被告と専任教諭との間の雇用契約と異ならない期間の定めのない契約の実質を有していたことが明らかである。

(被告)

(一) 被告は、原告との間で、原告の主張するような約束をしたことはないし、原告に対し、雇用の継続を期待させるような言動をとったこともない。

(二) 原告は、毎年、一年という期間を明確に記載した契約書に署名押印することにより、雇用契約の内容を了知していたはずである。契約書の期間が形式的なものであり、更新が慣例的なものであることを説明したことはない。

(三) 常勤講師の勤務時間及び教科指導の内容は専任教諭に準ずるが、それ以外の職務内容は、雇用期間の定めがあること、学級担任を持たないこと、校務分掌上の業務が専任教諭の補助役にとどまること、部活動の正顧問に就くこともないことなど、専任教諭とは全く異なっている。

(四) 原告と同様に平成五年以前に採用された常勤講師の中にも、雇止めにより退職した者が相当数存在する。また、非常勤講師から常勤講師へ、常勤講師から専任教諭へと昇格するというルールはなく、三者の地位は身分を異にするものに過ぎないから、非常勤講師あるいは常勤講師を何年か務めれば専任教諭になるという実態は存在しない。

(五) 原告と被告との間の雇用契約は、平成元年度から平成八年度まで繰り返されてきたが、各年度とも、一年の期間の定めのある雇用契約であり、期間の定めのない契約の実質を有するという余地はない。

3  第二の争点は、原告と被告との間の雇用契約が期間の定めのない契約の実質を有し、本件雇止めに解雇の法理が適用ないし類推適用される場合に、本件雇止めが解雇権の濫用に当たり無効であるか否かであるが、この点に関する当事者双方の主張の要旨は、次のとおりである。

(原告)

(一) 平成九年度における生徒数の減少は、平成八年度に卒業する生徒数が定員を大幅に上回っていたために生じた一時的なものにすぎないから、国語科内部における適正な授業時間の配分、家庭科の授業時間の配分、開智中学校への転籍及び非常勤講師の持ち時間数の削減ないし雇止めなどの措置を講じることにより対処するのが相当であって、人員を削減するのは不合理である。

(二) 仮に人員を削減しなければならないとしても、被告高校には、一時的な生徒増に対応するために緊急避難的な措置として採用した非常勤講師及び研修担当主事が相当数存在していたのであるから、それらの非常勤講師ないし研修担当主事を雇止めにすることにより対処するのが相当であって、継続的な雇用についてより強い合理的期待を有している常勤講師である原告を雇止めにするのは不合理である。

(三) 本件雇止めは、以上のとおり、何ら合理的な理由のないものであるから、解雇権の濫用に当たり無効である。

(四) よって、原告は、被告に対し、原告が被告の教職員として雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める。

(被告)

(一) 被告は、平成九年度における大幅な生徒数の減少に伴い、授業時間数の減少を見込んで雇止めや異動を行っており、原告のみを雇止めの対象としたわけではない。

(二) 平成九年度における生徒数の減少は、平成八年度に卒業した生徒数が定員を大幅に上回っていたことに原因しているから、この生徒数の減少に伴う人員の削減は、一時的なものではない。

(三) そもそも、常勤講師は、生徒数の増減や授業時間数の増減に対応するために一年という期間を定めて雇用されたものである点においては、非常勤講師と同じであるから、被告が、期間の定めのない専任教諭に先立ち、常勤講師である原告を雇止めにしたことには、合理的な理由がある。

4  第三の争点は、本件雇止めが解雇権の濫用に当たり無効であると認められる場合に、原告の被告に対する賃金・賞与請求の当否であるが、この点に関する当事者双方の主張は、次のとおりである。

(原告)

(一) 原告は、本件雇止めの通知以後、労務を提供しようとしていたが、被告はこれを拒否した。

(二) よって、原告は、被告との間の雇用契約に基づき、被告に対し、平成九年四月以降、毎月二五日限り二八万九三七六円の賃金、毎年六月一五日限り五二万九一五二円の賞与、毎年一二月一〇日限り七三万〇九九五円の賞与、毎年三月一五日限り二一万二二八八円の賞与の各支払を求める。

(被告)

原告と被告との間の雇用契約が認められるとしても、賞与については、給与と異なり、確定的な具体的請求権ではないので、原告が主張するような将来分を請求することはできない。

第三当裁判所の判断

一  本件訴えの適否について

被告は、原告の申立て1項に係る訴えが不適法であると主張するが、原告と被告との間の雇用契約が存続していると認められる場合には、原告の被告高校における教員としての立場もおのずと明らかになるものであって、原告の当該訴えは、十分に特定されているものということができるから、この点に関する被告の主張は採用することができない。

二  第一の争点について

原告と被告との間の雇用契約が平成八年度まで各年度とも一年の期間を定めた契約であったことは、前提となる事実2(一)記載のとおりであるところ、被告は、当該雇用契約に期間の定めがあることから、その期間の満了、本件においては、平成八年度の期間の満了、すなわち、本件雇止めにより原告と被告との間の雇用契約は終了している旨反論する。

しかしながら、原告の職務の種類、内容、勤務形態、採用に際しての雇用契約の期間等についての被告側の説明、契約更新時の新契約締結の形式的手続の有無、契約更新の回数、同様の地位にある他の被雇用者の継続雇用の有無を検討し、その結果、期間の定めのある雇用契約があたかも期間の定めのない雇用契約と実質的に異ならない状態で存在し、あるいは、そのように認め得るほどの事情はないとしても、少なくとも被雇用者が期間満了後の雇用の継続を期待することに合理性が認められる場合には、本件雇止めに解雇の法理が適用ないし類推適用されるというべきである(最判昭和四九年七月二二日民集二八巻五号九二七頁、最判昭和六一年一二月四日裁判集民事一四九号二〇九頁参照)。

そこで、まず、右の見地から、本件雇止めに解雇の法理が適用ないし類推適用されるか否かについて検討することとする。

1  原告に雇用の継続を期待させるような被告の言動の有無

(一) 原告は、被告が原告に対して雇用の継続を約束し、それを期待させるような言動をとったなどと主張し、以下のとおり、その主張に沿う供述をしている。

(1) 原告は、大学を卒業する平成元年三月ころ、当時被告高校の教員採用担当者であった大屋理事(事務長)から、最初は非常勤講師だが、二年で常勤講師、その後二年くらいで、空きができ次第教諭にすると言われたため、他の就職先を断り、教諭になれる可能性のある被告高校への就職を決めた。

(2) その後も原告は、大屋理事から、「契約書は形式的に更新するものなので気にしないように。行く行くは約束どおり教諭になれる」「教諭になる時期を約束することはできないが、一五〇〇人体制を維持している間は無下に切るようなことはしない」などとの説明を受けており、平成六年四月に小出校長が赴任してからも、雇用契約の期間が一年であるなどと言われたことはない。

(3) 原告は、平成六年度までは、職員室の机上に配布された非常勤講師契約書及び常勤講師契約書(書証略。ただし、平成五年度までの契約書である)に署名、捺印して自ら事務室に提出していたが、契約の更新に関し、被告の方から特別な話はなかった。

ただし、平成七年度及び平成八年度には、小出校長及び佐藤事務局長の同席の上、常勤講師契約書(書証略)が交わされた。

(4) 原告は、平成元年度と、常勤講師(当時の呼称は専任講師)になった平成三年度以外には、被告から、辞令をもらったことがない。

(5) 平成七年度には、それまで一年であった身分証明書の有効期間が三年になり(書証略)、平成八年度には、事務局長からも、私学共済から五年返済で貸付を受けられるよう便宜を図ってもらっている。

(6) 福田教頭は、平成四年ころ、原告に対し、「講師の身分であれば、自分のことを考えて他校を受験すべきである」と勧め、大屋理事も、平成六年ころからは、当初の約束について「そんなふうに言いましたかね。言ってないと思いますよ」としてこれを否定した。そして、小出校長もまた、平成七年度には、原告に対し、「大屋理事との約束については聞いたことがない。継続雇用が条件なら、契約を延ばしましょう」と言ったことがある。

(7) 被告高校の古賀理事は、平成六年一二月一五日に行われた同校の教職員組合との第五回団体交渉において、「二年以上の契約をしておられる先生方は、法的に言えば継続の権限がある。学校に理由がない限り辞めさせることはない。例えば生徒がぐっと減ったりした場合などに理由がある」と発言し、小出校長も、「常勤講師の先生にも安定したところで働く自由がある。本人の希望が一番である。例えばちゃんとした退職金を払ってくれればやめたいという人がいるかもしれない。本人の希望を聞きたい」などと発言した。

また、小出校長は、平成七年三月二四日に行われた第八回団体交渉において、理事会の正式な見解として同日付けの「常勤講師について」と題する書面(書証略)を示し、古賀理事は、平成六年一二月一五日の前記の発言について「二年以上の人に好意を持って話した」と発言した。

さらに、被告高校の青木理事は、平成九年三月三一日に行われた第一四回団体交渉において、「大屋理事から聞いたが、『がんばっていれば、空きが出れば教諭になる可能性がある』と言っただけで、『教諭になる』とは言っていないそうだ」などと発言し、人員整理の順番についても、「一般的には経費のかかるところから。非常勤では経費の削減にならない。そのために、常任理事にも辞めてもらった。総合的な問題である」などと発言した。

(二) これに対し、被告は、大屋理事との約束や雇用の継続を期待させるような被告の言動を否認し、(人証略)は、以下のとおり、その主張に沿う供述をしている。

(1) 小出校長が大屋理事に確認したところ、同理事は、原告に対して、一般論として、一生懸命やっていれば教諭になる道もないわけでないと話をしたことがあるが、原告を教諭にする約束はしていない。

(2) 小出校長は、平成七年度に原告との契約を更新する際、原告から、来年度も契約を締結してもらえるか否かを尋ねられ、一年限りの契約であることを説明した。

(3) 小出校長は、原告に対し、原告主張の大屋理事との約束については聞いたことがないと答えた。

(三) 以上のとおり、被告の原告に対する雇用の継続を期待させる言動の有無に関する原告本人と(人証略)の供述は対立しているが、その各供述内容に弁論の全趣旨を総合すれば、原告が被告高校への就職を決めたのは、大屋理事から、教諭になる道があることを示唆されたためであり、その後も大屋理事は、原告に対し、その発言内容が原告の供述どおりであるとは断定し得ないが、教諭になれるという期待を持たせるような態度を示していたこと、契約更新の際には契約書が交わされていたが、平成六年度までは、更新について被告から話合いを求めることもなく、身分の変更を伴う場合以外には辞令も交付していないこと、古賀理事らが、団体交渉において契約が二年以上継続している者について継続雇用を認めるかのような発言をしていることは認めざるを得ないのであって、被告が原告に対して雇用の継続を期待させるような言動を示していたことそれ自体は否定することができない。

2  原告の被告高校における職務内容

(一) 原告は、常勤講師として、専任教諭と同様の職務を担当していたと主張し、以下のとおり、その主張に沿う供述をしている。

(1) 常勤講師と専任教諭とは、担任を持たない点、退職金の支給がない点、一号俸低い給与表が適用される点において異なるが、常勤講師は、学校要覧(書証略)記載のとおり、学年単位で副担任を務め、部活動の正顧問や校務分掌を担当しており、職務内容の実態は補助的な仕事にとどまらず、専任教諭と同様である。

他方、非常勤講師は、臨時的教員であり、勤務時間がフルタイムでない点、時間給である点、校務分掌や部活動を担当しない点などにおいて、常勤講師とは異なっている。

(2) また、原告は、平成元年度以降、週一五単位ないし一八単位の国語科の教科指導を担当しており、授業時間数において専任教諭との差異はなく、平成三年度以降は、校務分掌においても生徒指導部の安全防災係に属し、平成七年度及び平成八年度には二年生の副担任を務め、部活動においても平成三年度から五年度及び平成八年度には演劇部の顧問を担当し、その他職員会議等の会議への出席、校外授業等の引率、入学試験の面接など、専任教諭と同様の職務を行っており、勤務条件も専任教諭と同一であった。

(二) これに対し、被告は、常勤講師の職務内容と専任教諭のそれとは全く異なるものであると主張し、(人証略)は、以下のとおり、その主張に沿う供述をしている。

(1) 専任教諭は、試用期間を一年とするが、期間の定めのない契約であり、採用の際には、教科試験、適性試験、小論文ないし面接の結果が総合的に判断されるが、契約書は作成されない。

これに対し、非常勤講師及び常勤講師は、試用期間はなく、担当教科が定められ、一年という期間の定めがあり、契約書も一年毎に作成されている。

(2) 専任教諭は、学級担任を持ち、部活動の顧問の割当を受け、校務分掌上必ずいずれかの分掌に所属し、各種委員会や諸会議の構成メンバーとして学校運営に携わる。

これに対し、常勤講師は、学級担任を持たず、校務分掌として生徒指導ないし部活動の顧問を持つこともあるが、それも、専任教諭の補助役にとどまり、自らが担当することはない。また、常勤の者全員が出席することになっている職員会議には出席するが、各種委員会や諸会議のメンバーとなることはなく、学校運営に携わることもなく、専任教諭とは賃金体系も異なっている。

(3) 被告高校のような私立高校においては、公立高校とは異なり、受験者が学則定員を大幅に上回るため、いわゆる「歩留まり」を考えて合格者を出さなければならないが、公立高校の合否結果によっては、定員が学則定員どおりにならないことがある。常勤講師及び非常勤講師の制度が設けられているのは、そのような生徒数及び学級数の増減に対応するためである。

(三) 以上の各証拠に弁論の全趣旨を総合すれば、被告高校においては、常勤講師と専任教諭とでは、契約の方式が異なっているのみならず、学級担任の有無という重要な点が異なっていることが認められるほか、被告高校のような私立高校において常勤講師及び非常勤講師の制度が設けられている理由は、小出校長の供述のとおり、生徒数及び学級数の増減に対応するためであることも認められるので、常勤講師の職務は、形式的には専任教諭の職務を補助的に分担するものであるといわなければならないが、その実質においては、原告の供述するとおり、副担任や部活動の顧問及び校務分掌をも担当するものであって、原告自身も、教科指導を含めて、専任教諭とほぼ同様の職務を遂行していたことが認められるから、常勤講師と専任教諭との職務内容は、それほど大きく異なるものではないということができる。

3  被告高校における教員採用の実態

(一) 原告は、原告と同様に採用された常勤講師のうち雇止めにより退職した者はおらず、専任教諭に採用された者の多くが、非常勤講師ないし常勤講師を経ているものであると主張し、原告本人及び(人証略)は、以下のとおり、その主張に沿う供述をしている。

(1) 被告高校では、昭和六三年以降、非常勤講師ないし常勤講師から教諭になるというルートが確立し、何回かにわたる更新の後に専任教諭になっている者が多数存在する。

実際には、昭和六三年から平成五年までの間に、新規に専任教諭として採用された者が五名、非常勤講師ないし常勤講師を経て専任教諭になった者は二五名であり、平成元年度の新規採用者二〇名のうち教諭になった者は三名、平成二年度の新規採用者二四名のうち教諭になった者は六名であるが、平成元年に新たに非常勤講師になった一〇名のうち、常勤講師になったのは、次年度が四名、二年後が原告一名、三年後が一名であり、専任教諭になった者はいない。

また、昭和五八年度から平成一〇年度までの間に被告高校の教員となった経験のある者のうち、非常勤講師から常勤講師を経て専任教諭になったのは、一五四人中六名である。

(2) 平成六年度には、生徒数の増加に伴い、大量の常勤講師、研修担当主事及び非常勤講師が採用され、同年度中に、これらのうち平成七年度の翌年勤務を希望している教員に改めて採用試験が課されたが、平成五年度までに採用された原告らには、その試験が課されなかった。なお、右のような採用試験は、右の一回限りであった。

(3) 平成六年以降に採用された常勤講師のほとんどは、一年で雇止めされているが、平成五年度までに常勤講師を経験した者のうち、その意思に反して雇止めされたのは、原告、橋本みゆき、村田正明の三名のみであり、現在常勤講師をしている四名及び自らの意思により退職した者を除くそれ以外の者は皆、専任教諭になっている。

(4) 原告以外の非常勤講師や常勤講師の中には、原告と同様に、専任教諭になることを約束された者もいるが、平成元年に被告との間で非常勤講師契約を締結した二〇名のうち、原告と同様の約束があった者として、高松由子がいる。

(二) これに対し、被告は、原告と同様に採用された常勤講師の中にも、雇止めにより退職した者が相当数存在し、非常勤講師から常勤講師ないし専任教師へと昇格するというルールはないと主張し、(人証略)は、以下のとおり、その主張に沿う供述をしている。

(1) 専任教諭としていかなる者を採用するかは、教育的見地から被告が総合判断して決定することであり、決まったルートや方法はない。

実際には、平成元年から八年までに非常勤講師に採用された者のうち、専任教諭として採用されたのは、平成五年に一名、平成六年に一名のみであり、同じく平成元年から八年までに常勤講師に採用された者のうち、専任教諭として採用されたのは、平成二年に四名、平成三年に四名、平成四年に七名、平成五年に二名、平成六年に六名、平成七年に四名のみである。

(2) 平成六年までに採用された者に対して再試験を課さなかったのは、被告が、それまで契約を更新してきた慣例を重視したためである。

平成六年以降に採用した者については、一年限りで契約を終了する方針であった。

(3) 雇止めになった者のうち、自らの意思で辞めた者と、人事管理上辞めてもらう者との割合は、半々である。

(三) 以上の各証拠を比較検討すると、被告高校において実際に非常勤講師ないし常勤講師を経て専任教諭になった者の人数が原告の供述するとおりであったとしても、その人数を前提にすれば、原告と同時期に採用され、その後、専任教諭になった者の数はかなり少ないし、原告の供述するような非常勤講師から常勤講師を経て専任教諭になった者はほとんどいないことになるから、原告及び(人証略)の供述するような非常勤講師から常勤講師、専任教諭というルートが確立していたとまで認めることはできない。

しかしながら、(人証略)によれば、平成六年度に新たに採用された教員に対してのみ再試験が課され、平成五年度までに採用された原告らに対してはその試験が課されなかったのは、それまでの契約更新による雇用の継続の事実を重視していたからであることが認められ、被告高校においては、少なくとも平成五年度までに採用された教員に対しては、期間の定めのない常勤講師、非常勤講師であっても、契約更新による雇用の継続の事実がある程度尊重されていたものということができる。

4  右説示したところに加えて、前提となる事実2(一)記載のとおり、原告と被告との間では、七回にわたって雇用契約が更新されていること等を総合考慮すると、原告と被告との間における雇用契約は、その期間の定めを無視することはできないが、少なくとも原告において期間満了後の雇用の継続を期待することには合理性があったと認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

5  したがって、第一の争点に関する被告の反論は、これを採用することができず、本件雇止めには、原告の主張するとおり、解雇の法理が適用ないし類推適用されるべきものといわなければならない。

三  第二の争点について

そこで、次に、本件雇止めが解雇権の濫用に当たるものであるか否かについて検討する。

1  原告は、本件雇止めが解雇権の濫用に当たると主張し、以下のとおり、その主張に沿う供述をしている。

(一) 平成九年度における国語科及び家庭科の総授業時間数は、ともに減少しているが、教員一人あたりの持ち時間数は、平成八年度よりも〇・七時間、二・一時間それぞれ増加している。

ところが、被告は、平成九年度、国語科につき非常勤講師九名と契約を結び、総時間数の四割に相当する一〇六時間の授業を担当させた。

(二) 生徒数の減少に対しては、平成六年度の生徒急増に対応して採用された臨時的教員である研修担当主事や、期間満了によって退職が予定され、他の勤務先との兼業も多い非常勤講師が、専任教諭や常勤講師、殊に平成六年度以前に採用された当時の専任講師に先立って解雇の対象となるべきである。

(三) 被告は、国語科に関しては、非常勤講師の持ち時間を削減することにより、原告の解雇を回避することが可能であり、また、家庭科に関しても、免許を保持していない他教科の教員がこれを受け持っており、家庭科の免許を保持している者がいないため、その免許を保持している原告を雇止めにする必要はなかったはずである。

(四) 原告が、中学家庭科二種免許を取得したのは、平成六年度から家庭科が男女共修になるが、被告高校には家庭科の専任教諭がいないため、専任教諭が必要であろうし、家庭科の教員免許を持てば専任教諭になるのに有利になるだろうと考えたためであり、小出校長に対し、他校への就職のためである旨を述べたことはない。また、その後、埼玉県の中学校の家庭科の教員試験を受験したのは、単なる力試しであり、合格しても行くつもりはなく、安定した身分を得るという目的もなかった。

(五) 原告が雇止めされた理由として考えられるのは、原告が労働組合に加入し、専任講師、常勤講師の問題について積極的に発言してきたことくらいである。

2  これに対し、被告は、本件雇止めには合理的な理由があると主張し、(人証略)は、以下のとおり、その主張に沿う供述をしている。

(一) 教員の持ち時間数は、教科・科目・履修する生徒のクラス数及び教員の職種・職務内容、年度によって多少増減するものであるが、教科毎に単位数が決まっており、一クラスに複数の教員が細切れに教えに行くことはできないから、持ち時間数を前年度と同じ時間数にするというのは、単なる数字合わせであり、採り得ない。

(二) 平成六年度から女子の家庭科、男子の体育に代わるものとして実施されている生活技術については、家庭科の教員の手に負えないような社会科的及び理科的な分野があり、それを、社会科及び理科の教員に担当させていたため、家庭科の教員を増やす必要はなかった。

(三) 常勤講師と非常勤講師とでは、その教科あるいは専門性について優劣はなく、非常勤講師を全員雇止めにした後でないと常勤講師の雇止めができないというのでは、学校運営はつかない。

(四) 被告高校の教員が余ったら、即、開智中学校に転籍させるということも、中学生と高校生とでは、問題行動も違い、指導の仕方も異なるので、その教員の特徴、人柄等をみなければならず、すぐ中学校で使えるというようにはいかない。

(五) 原告は、平成七年度の契約更新の際、小出校長に対し、他校へ就職する際にも有利になるという理由から、家庭科の授業を是非担当させてほしいと希望した。

(六) 小出校長は、常勤講師は組合員にはなれないものと思っていたため、原告が組合活動をやっていたかどうかは、把握していなかった。

(七) 原告の普段の教務に特に問題があったわけではないが、国語科の授業時間数の減少に伴い、教員を減らす必要が生じたため、教務、教頭、校長及び理事長が集まり、特定の科目について授業を持ってもらいたい者を対象に、今までの授業担当の経緯、生徒に対する指導、その他諸々の点を考慮して評価し、教務及び教頭の作った原案を検討したところ、意見が対立することもなく、原告の雇止めが決定された。

3  以上の各証拠を比較検討すると、次のとおりにいうことができる。

(一) 本件雇止めのような常勤講師の雇止めに先立ち、非常勤講師を雇止めにすべきであるという原告の供述については、前認定の常勤講師制度の趣旨に鑑みると、常勤講師もまた、非常勤講師と同様に、臨時的教員としての側面を有しており、非常勤講師制度が常勤講師制度とともに存続し、かつ(人証略)の供述するように被告高校における教員としての優劣がない以上、必ずしも常勤講師に先立って非常勤講師を雇止めにしなければならない理由はなく、同供述を採用することはできない。

(二) また、非常勤講師の持ち時間を削減して本件雇止めを回避することができたという原告の供述ないし開智中学校への転籍により本件雇止めを回避すべきであったという原告の主張についても、教科毎の単位数が決まっており、一クラスに複数の教員が教えに行くことはできないという(人証略)の供述に合理性があり、原告の供述ないし主張は、原告と同時に雇止めにされている他の教員に関する考慮を欠く点においても、また、(人証略)の供述する中学教育と高校教育との違いを無視する点においても、妥当性を欠くものといわざるを得ず、これを採用することはできない。

(三) さらに、原告が家庭科免許を保持していることから、家庭科を担当させることにより、本件雇止めを回避することができたという原告の供述については、そもそも原告は、家庭科免許を取得することになったいきさつとして、被告高校において専任教諭になるのに有利になると考えたためであると供述しているが、同供述によれば、原告は、埼玉県の中学校の家庭科の教員試験を受験しているのであって、その目的が単なる力試しであるという供述は直ちに信用し難く、家庭科免許の取得は、むしろ、原告が被告高校以外の学校への就職を考えていたからであるという(人証略)の供述の方が信用できること、被告高校においては、家庭科の総授業時間数が減少しているため、家庭科教員を増員する必要性はなく、(人証略)の供述するように家庭科の授業を社会科及び理科の教員に担当させる必要性も認められることに鑑みると、原告に家庭科を担当させてまでして本件雇止めを回避しなかった被告の方針に合理性がないということはできない。

(四) 原告は、原告が被告高校の教職員組合に加入し、積極的に発言してきたことが本件雇止めの理由であるようにも供述するが、被告は、原告の組合活動を本件雇止めの理由とはしていないばかりでなく、そのような事実を認めるに足りる証拠もないから、同供述を採用することはできない。

(五) 被告高校において原告の本件雇止めを決定するに際しては、(人証略)の供述により、教務、教頭、校長及び理事長の間では意見の対立がなかったことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

4  本件においては、以上説示したところを総合考慮し、本件雇止めが解雇権の濫用に当たるか否かを検討することになるが、被告高校における常勤講師は、非常勤講師とともに、生徒数及び学級数の増減に対応するために、一年という期間を定めて雇用されたものであり、本件において、原告が期間満了後の雇用の継続を期待することには合理性が認められるが、期間の定めがなく雇用されている専任教諭とは、被告との間の契約関係の存続の要否・程度に自ずから差異があるといわざるを得ないから、原告に対する本件雇止めが解雇権の濫用に当たるか否かを判断するに際しても、被告に相当程度の裁量が認められると解すべきものであって、それまで雇用していた常勤講師、非常勤講師を雇止めにする必要がないのに、原告に対してのみ恣意的に雇用契約を終了させようとしたなど、その裁量の範囲を逸脱したと認められるような事情のない限り、本件雇止めを解雇権の濫用ということはできない。

5  そして、右の見地から本件をみると、被告高校においては、平成六年度に大量入学した生徒が卒業した平成九年度における生徒数の急激な減少という事態を迎え、それまで雇用していた常勤講師、非常勤講師の一部の者と雇用契約を終了させる必要があったところ、その雇止めの対象となった原告についても、その他の者についても、それまでの教務に特段の問題があったようには窺われないが、雇止めの対象から外れて雇用契約が更新された常勤講師、非常勤講師についても、そのような事情は窺われないので、そのいずれかを雇止めの対象とするほかなかったところ、本件全証拠をもってしても、被告において、原告に対してのみそれまで一年毎に継続されてきた雇用契約を恣意的に終了させるために本件雇止めに至ったなど、本件雇止めが原告に対する解雇権の濫用に当たるという事情は認めることができないから、第二の争点に係る原告の主張は、結局のところ、これを採用することができない。

四  よって、原告の本訴請求は、第三の争点について判断するまでもなく、その理由のないことが明らかであるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 齋藤大巳 裁判官 平城恭子)

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